前回に引き続き、グローバリゼーションの進行とそれに対する人事の対応というチャレンジングな課題についてさらに深く考えてみよう。
「日本企業による米企業の買収が増える。国際展開に迫られ、参入機会をうかがっている。」
これは別に日本企業の対米進出非難バッシングの言葉ではない。これは、米アンハイザーを買収したベルギー・ビール大手インベア社の代理人を務めた米大手法律事務所サリバン & クロムウェルの大物弁護士フランシス・アキラ氏の言葉である。ここで彼が言いたかったことは、要するに、米国の M&A 市場を活性化し株式相場テコ入れに貢献してくれるキーパーソンとして、日本企業を挙げているのであるⅱ 。
その背景には、2009年7月の世界規模でのM&A市場は2004年9月以来となる1000億ドル割れとなり、米国企業対象の直接的なM&Aは1〜7月で前年比47%の大幅減少となり、これが株式相場の勢いをそぐ恐れがあるという指摘があるのであるⅲ 。実際上、M&Aが材料となって買われた銘柄が堅調だⅳ 。
もし、このサリバン & クロムウェルの大物弁護士フランシス・アキラ氏の言うとおり、日本企業の米国企業買収にアクセルが踏まれ、また、レコフデータ社長高橋豊氏の言うとおりⅴ 2009 年後半にかけて内需型日本企業が成長機会を求めて、多業種において海外企業を積極的に買収に動くとなると、日本企業の MNC 化はなお一層激しいテンポで進行することとなる。
そして、それはすなわち、ナンシー・アドラー氏の「組織進化論」によれば、日本企業が M&A を通じて、第 3 段階 Multi-national company や第 4 段階 Global company に変貌するということを意味する。
そこでは、人事上の多様性 diversity 確保や多(異)文化交渉スキルを持ち合わせることが特に人事上(および社内研修のテーマとして)たいへんに重要なカギを握ることになることは前号でお話したとおりである。
3 年前に売上高が 2 倍あった英国企業ピルキントンを買収した日本板硝子。「小が大をのみこんだ」と注目される半面、「本当に経営ができるのか」と懸念もされたが、結局トヨタやホンダの成長についていくためには(自動車用ガラスの製造がメインだったので)海外展開が避けられないという理由で、当時日本板硝子よりずっとグローバル化が進んだピルキントン買収が必要だったのだ。この1年間日本板硝子社長を務めたのは、元ピルキントンのチェンバース氏であるⅵ。同氏によると、「リーマンショック後 M&A が失速気味だが危機感をもつ大手企業は(M&Aに)動いている。新興国が台頭し、多極化する世界に軸足を置かなくてはならない。」と明言する。さらに「それには自己資本増強が不可欠だし、停滞した事業と成長が期待される事業との入れ替え作業も必要だ」と事業戦略についても喝破する。
スチュアート元社長によると、「グローバル化で重要なのは、海外企業を買収したら報酬や人事制度などで日本流をおしつけないことだ。」という。「当社の役員の構成を見てほしい。買収前は 19 人いて、全員日本人だった。今は規模が 3 倍になって 25 人に増えたが日本人は 11 人。残りは英国人、イタリア人など 4 カ国の出身者だ。世界は変わった。だからそれに合わせて企業統治も抜本的に変えるくらいの覚悟が必要となる。」ⅶ
ここで注目されるのは、海外企業を買収したら、報酬や人事制度について、日本流をおしつけないこと、つまり報酬や人事制度のグローバリゼイションが必要だということである。
買収したらすべて自社のものという考えだけで従来の事業や従業員を捨てたりすることは決して得策ではないⅷ 。なぜなら、ヒトこそ企業の成長源泉だからである。そのため、ヒトにかかわる部分は、新しい経営体制のもとで慎重に事業戦略とのマッチングとアラインメントを測定することが必要になる。また、従業員サイドが新しい経営体制に満足しエンゲージメント度合いを高めることができるかどうかが、M&A の成功かどうかを決める重大要素となる。
たとえば、資生堂は、海外法人の現地採用社員を日本本社や他の現地法人の経営幹部に起用する新人事制度を導入するというⅸ 。資生堂は、新興国などでの営業を強化し、8 年後に海外売上高比率を50%超に高める経営戦略を持っているⅹ 。国・地域で異なっていた「人事評価基準」を統一し、2010 年度から本社などへの異動を実施する。海外事業強化に向け、世界規模で優秀な人材の活用が不可欠と判断したのだ。
これは、前回解説したナンシー・アドラー氏の「組織進化論」によれば、日本企業が MNC として第 3 段階 Multi-national company や第 4 段階 Global company に達したときの人事的対応そのものである。たとえば、従来は日本本社から現地法人に対して社長など経営陣を派遣し、現地採用の外国人生え抜き社員がそのまま経営幹部に昇進するケースはあっても他の国・地域で幹部に就くことはなかった。しかし、実はこのような第 3 段階 Multi-national company では社外の文化的特異性に対応する要請が相対的に薄まり、むしろ社内での凝縮性にスポットライトが浴びることになることは前述した。その理由は、Multi-national company では世界各国出身者をマネージャーとして採用するからである。そこではむしろ社内での多様性をいかにコントロールして「凝縮性」を与えるかに腐心することになるというわけである。ナンシー・アドラー氏によれば、Multi-national company ではいかに cross-cultural management skill を養成し、それをいかに階層レベルに埋め込んでいくかということが極めて重要だと指摘している。
資生堂では、この新制度導入に合わせて、現地法人幹部の職務や実績、所属現地法人の事業規模などを「総合的に勘案して」 20 数段階にランク付けする世界共通のグローバル評価基準を設けた。従来は現地法人ごとの基準で人事評価していたのである。この新基準で対象者 330 人(米国、中国、フランスなど 17 カ国・地域の 26 個の現地法人の幹部たち)を再評価しなおした結果、現地法人「社長」でも国によっては他国の現地法人の「部長クラス」と同等の評価になるなど、位置づけが明確になったのである。そして日本の本社幹部(日本人) 800 名も同一基準による評価を適用することになる。
これは筆者のかつて所属していたあるグローバル企業でも全く同じ状況であった。グローバル基準での「レベル」と称する人事ランク付けがあり、その要件が定められていて、専門スキルセット、経験値、責任の範囲、部下人数、売上高(事業規模)、研修受講歴、海外経験などでランクのバンドが決まっている。そして、所属する現法の評価基準や組織上のポジション・地位が、この世界ランキングレベルに「読み替え」されるのである。人事はダブル・スタンダードでの評価となる。報酬も、expatriate の場合は、この世界ランキングレベルのほうに連動することになる。
こうした人事制度のグローバル基準化が進むと、世界規模での異動ルールが策定できることになる。そうなると、同一現地法人内で幹部ポストが空かない場合であっても今までは「上が空かないのでポストなし」として昇進できなかった(そのため転職せざるをえないことがある)が、他の現法や本社に横滑りして新たに大きな昇進ポストに就ける可能性が広がることになる。これは組織上のインセンティブとして非常に大きい意味をもつ。何のためにヒトは働くのか?を考えると、この改革のもつインパクトは大きいものがある。
では、ナンシー・アドラー氏の定義に従い、日本企業が MNC として第 3 段階 Multi-national company や第 4 段階 Global company に達したとき xi の人事的(制度的)対応を策定するとき、具体的にはいったいどのようにしたらよいのだろうか?
たとえば、帝人には、世界基準でのキャリアディベロプメントのロードマップがある。帝人は、繊維を軸にして化成品や医薬品に事業を広げてきた。この多角化は国境を超え、売上高の 40 %を海外で稼ぐ。総勢 2 万人の帝人社員の約半分は外国人だ。海外展開が進む中、その活用が課題となり、国籍を問わずに優秀な社員を登用することが必要となった。そこで STRETCH と称する MDP (management development program) を運用し、部長・課長の選抜・育成のプロセスが確立した xii 。(森田義一専務執行役員 CHO (グループ人財責任者)
同氏によると、このグローバル人事制度を当初どのように設計したかの経緯としては、複数の合弁事業を行っていたため当時はまだ人事部員だった森田氏がこの(合弁相手)米化学会社の人事部に派遣され、6 週間にわたって当該グローバル企業の人事制度を学んだことが STRETCH の原型となったという。つまり、同業のグローバル企業の人事制度を学習し、それを基本に帝人流にアレンジして導入設計したのだ。
しかし、人事部長のみなさんの中には、人事は個々の会社によって異なっているし、ヒトも組織風土も違うのだから「他社の人事制度などは見ない!」と公言する方もいらっしゃる。「外部コンサルタントの力を借りることはあるが、決していいなりにはならない」ともいわれることもある。
筆者は、別に他社事例やコンサルタントの言いなりになることをおすすめしているのではない。そもそも「ペイ・ライン」つまり給与水準などは、同業他社あるいはさらにそのポジション(階層)別の業界水準を調査するのがむしろ通常だろう。まして、グローバル企業での同業他社 xiii のケーススタディは、「peer analysis」として十分意味がある。また、「バランスト・スコア・カード」で分析してみても、事業サイズも戦略も似たような企業であれば、「学習と成長」の部分も組織体系も、その基本線は収斂してそれぞれ似てくるだろう。だから、目標とするグローバル企業の人事評価基準を研究し、それを学習(真似)して自社向けの「土台」とすることは大いに意味がある。その上で自社なりの戦略的要素を加味すればよいのである。何もないところ、つまり、全く未経験の領域にトライアンドエラーでチャレンジするよりもよほどリスクが小さく、逆に人事という分野での成功・失敗事例を事前に知ることができるのだから、それは大いに価値がある方法論なのである。
また、外部のコンサルタント企業に依頼して一見して理想的にみえるものを「納品」してもらう方法論もあることはあることはあるが、しかしよく考えてみていただきたい。実際に運用するのは、自社の人事部であり、自社の「戦略人事」を理解し真にグローバル企業のヒト育成責任を自覚し、かつ、グローバル人事制度について「オーナーシップ」を有する人事担当役員なのである。その策定(将来の改定も視野にはいる)の方法論もこうしたグローバル・リーダシップの反映そのものなのである。
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内需型日本企業が成長機会を求めて、多業種において海外企業を積極的に買収
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