さて、前回に引き続き、内資の外国進出の課題に関わる戦略人事に話をすすめよう。
かつて野村證券は、英マーチャントバンクを買収して投資銀行業務の拡大を狙ったそうだが失敗し、1970年代にはロスチャイルドやドイツ銀行とともに日英独連合を組んでグローバル運用サービスの強化をはかったこともある(1)。結局、野村證券はM&A仲介に特化した形でロスチャイルドとの提携を2005年成立させたが、今回のリーマン・ブラザーズ買収により投資銀行業務を整理し、リーマンとのプラットフォームで成果を出すのを優先するためにロスチャイルドとのM&A業務提携を解消した(2)。収益性からみると、賭けに近かった(しかし儲けも極端に大きかった)自己勘定取引やプライマリーブローカレッジ業務は縮小せざるをえないから、従来のリーマン流(レバレッジ先鋭型)ビジネスモデルはそのままでは継承できないとすると(3)、M&Aの助言や証券引受やトレーディングで稼ぐ(儲けのより少ない)「普通の手数料モデル」の業務を継承することになるだろうが、それすらも野村にとっては、収益多極化とリスク分散の見地から極めて魅力的だと映るのだろう。
問題は、日本の野村證券が外国の投資先をきちんと管理していけるかどうかで、人員を引き受けてノウハウを継承しても本当にマネージしていけるかどうかが最大の課題となる。「野村の成功は、リーマンの有能な社員をつなぎとめておけるかどうか、そして成功を収めたリーマン文化のプラス面を新しい環境下で確実に存続させられるかどうかに大きくかかっている。しかし、日本の金融機関によくある官僚主義的で内向きな文化は、攻撃的な欧米のバンカーと緊密な関係を築く上で障害になる」として警鐘をならし、「邦銀は欧米の資本主義の救世主にはなりようがない。(4)」と断言するヒトもいる。果たして、リーマン社員の士気維持のためボーナスを保証し、国際的思考を経営陣に取り込むために3人の旧リーマン所属外国人取締役を野村の取締役に据えるだけで、成功は保証されるのだろうか。野村全社員の40%が外国人になるのなら、もう人事のグローバル化は決定的な流れになっているといえる。もしかしたら、社長が外国人になることでしか、「チェンジ」はできないのかもしれない。そもそもその昔、野村がのどから手が出るほど欲しかった英マーチャントバンク(現インベストメントバンク)買収を断念したのは、「結局のところ外国人をマネージできない」ということが決定的理由だったという話もある。ところが、自然にグローバル化した(中国籍)人材をうまくマネージできずにインサイダー取引を引き起こした野村の最近の事件(5)をみると、それが、今回どのようなストラテジーで大量のアングロサクソン系外国人をマネージできる、と読んだのか、そこが最大のミステリーだ。
内部統制の理論(会社法の論理)からすると、取締役は株主総会で独自に選出することになっているが、実態は、代表取締役の腹心の従業員を指名することが大多数である。そして会社から独立であることを法律上求められている社外取締役も、実は社長の知り合い、友人であることは多い。それが現実であり、株主総会がそれを否決することは(お家騒動やMBO崩れを除き)ほとんどない。そうして選ばれた、コーポレートガバナンス・内部統制の主役である社外取締役も、また社外監査役も、社外であるがゆえに会社の「実務を知らない」という点で本質的な弱点を持っている。こういう情報の質量の片面性を克服するために、ヨーロッパでは「社外取締役のトレーニング」がクローズアップされているくらいである。ということは、逆に、「実務を知悉していること」はexecutive directorの条件となる。
なにやらきな臭い書き方の新聞記事見出しであるが、これはミステリーでもなんでもない。人事を見ると、社長COOにチェンバース氏が選任され、取締役・執行役12名のうち5名が英国人となっている。AUTO事業は、当社中核事業の自動車向け板ガラス部門、BP(Building Products)は、建築材料を意味し、当社売上高2007年度約8000億円のうち、AUTO部門4000億円、BP部門3200億円となっていることから、その事業トップが「実務主導」である以上は「ピルキントン主導」となるのは当然の成り行きだといえるだろう。しかし、当社は委員会制度を採用しており「指名委員会」「報酬委員会」等は依然日本側が握っているから、実務はピルキントン、経営は日本板硝子という形ともいえる。
他方、チェンバース氏は、ピルキントン生え抜きではなく、もともと英国籍だがブルネイ生まれで、大卒後ロイヤルダッチシェルで10年、スナックメーカーで10年、当時経営再建中のピルキントン入社、この3社目で社長となった経歴の持ち主で、日本板硝子から買収提案を二回蹴った後、結局買収された後もピルキントン社長のまま、逆に日本板硝子の社外取締役に就任しその後同社のAUTO/BP統括をしていたことからすると、相当タフで実務能力に長けた人材であることがわかる。(8) 株主価値最大化をめざすなら日本板硝子COOに最も相応しい人材といえるだろう。リーマンを買収した野村證券は、この事例についてどうみることだろう。
結局このままチェンバース氏が日本板硝子COOでいられるかどうかは、期待された収益性のハードルを現有の人員(日本人社員を含む)で生み出すことが出来るかどうかの一点にかかっているといえる。チェンバース氏が日本人役員・従業員をうまくマネージできればよい。様々な国々を巡り現地社員をマネージしてきた同氏にとっては、面白いjobではあっても危険なjobではないだろう。日本人社員にとっても、仕事のやり方(管理方法や営業戦略)は変わっても、そのことで今の日本人社員の実力が落ちることはなく、むしろ新しい管理手法などに慣れればそれはかえって実力がさらに発揮できる職場に進化したともいえる(9)。人事のグローバル化は、実力あるヒトにとってはとてつもなく大きなチャンスとなる。
逆に、英国ではOUT-INについてどう思っているのだろうか?
英国企業への外国企業の経営支配はかなり開放的だといわれている。たとえば、在ロンドン企業の25%はすでに外国人(外国資本)経営であり、92カ国から13510の外国企業のホームとなっている。むしろEU各国が保護主義に走り勝ちなのに、ひとり英国は他のEUの国のようにいたずらに制限をかけてはいないと強調しているくらいだ(10)。しかし、これは単純に英国が外資買収に寛容だということを必ずしも意味しない。だからこそ英国は国を挙げて「競争力ある人材」育成に血道をあげているといえる。(11)
このように外国資本のステップインは、日本でも遠い世界の話ではなく、被買収外国企業の外国人社長が日本の買収企業の社長になるほど現実的な話となっている。収益の海外源泉率が50%を越える企業は急増している(12)。最近の輸出産業株の大幅下落の中で内需株が買われているが、内需株チャンピオンのユニクロでさえも、かつて失敗した海外販路先の再進出を狙い、海外製造拠点も中国以外の地域に急激に拡大している。対顧客・対社内の異文化コミュニケーションは売上増大に直接寄与する有力なスキルになってきた。日本企業に雇用され、日本人に囲まれた会社生活を送りながらも実は異文化コミュニケーションをこなせる駆動モデルを自分の中にもたないと目標達成ができない時代となった。これが人事のグローバル化の現実である。
では、その日本人に必要な「異文化(13)コミュニケーション能力」とは何だろうか。それは外国語能力では、ない。
この5つのキャラクター・バスケットを身にまとっていることが必要だ。というのが私の持論・仮説である。人事のグローバル化の中での「戦略人事」は、究極的にはこうした異文化コミュニケーション能力をもつヒトの(日本人も、外国人も)パフォーマンスによる出力を最大化するように企業活動のあらゆる領域をコントロールすることだ、と筆者は考えている。
しかし、そうはいっても、どれほどグローバル化した日本企業の中であっても、日本人だけでチームを組むときは、互いに上記の5つのスキルを正面に出せば、それは非常に鬱陶しいことはなはだしい、とはいえる。1)~ 5)のスキルは、学習して身につけるパフォーマンスつまり「演技」であるから、スキルを使わないときは、自然体のつきあいでやりすごすという「のりしろ」が会社生活にないと、日本人同士「いい感じ」の関係は築けないだろう。あくまでグローバル・ビジネスの現場で使用するスキルと自然体との「使い分け」をすることがビジネスパーソンにとっては必要だろう。
日本人は、ドイツ人と違って個人的感情を重視し、他人の気持ちを思いやったり、集団の調和を重んじる。もちろんロジックも大切にするが、それと同じくらい感情を大切にし、一体感を重視し相手の気持ちを傷つけないように気配りする。ドイツ人はロジックは大切にするが相手の感情やどう思うかについてはかなり乱暴というかはじめから気にしていないフシがある。この違いは、もしかしたら土地の空気の違い、気候の差ではないかとさえ思える(14)。ヨーロッパの夏に比べたら日本の夏は非常に湿度が高く暑い。ヨーロッパの夏は、緯度のせいもあり寒いくらいで、湿度も低く、乾いていて汗もかかない。ドライなのである。ドイツ人たちのこのドライさはもしかするとこういう気候が由来しているのではないか。ドイツではいかにして相手の心に傷をつけずにコミュニケーションするかというスキル研修もあるくらいだ。こどものときに、こういうことを学ぶ機会がなかったのだろう。その意味で外国人であっても長年日本に住むヒトの場合ウェットな気候に馴れていつの間にかメンタリティーがかなり日本人に近くなっている外国人が多い気がする。
こうしてウェットな日本人はいわゆる〈重い〉組織を作ってしまいがちで(15)、一人でも反対が出るだけで意見がまとまらなくなったり、人々の間で真剣な議論を「戦わせる」ことが避けられたりする。そのような状況では「和」を重んじることそれ自体が目的化してしまい、本来の目標が見失われてしまう。事業活動に中心が置かれるべき組織の方向性が変質している証左といえる。
このようなときに5つのスキルを演技することは議論の閉塞状況を解き放つことにつながる。日本人のウェットな関係を適度にドライにすることでバランスを回復させ自由な思考を取り戻すことができる。オフサイト・ミーティングでのミーティングも居酒屋議論との違いをもたらすのはこのあたりの勘所を押さえることで初めて意味を持たせることができる。つまり、5つのスキルは日本人同士のコミュニケーションの「和」に緊張感を与え、意味のある結果を出力することに非常に役に立つともいえるのだ。(16)
では、日本企業の中の日本人同士のコミュニケーションにも、他国(異文化)に比べて「強み」があるのだろうか?
それは、言わなくてもわかる強い「現場力」、平和で「長期的な」関係作り、旺盛な「好奇心」、集中的な「問題解決能力」だ。(17) こうした「日本人(日本企業)の強み」が生きるのは、むしろグローバル化した日本企業の中で異文化コミュニケーションスキルを要する舞台の上だ。その意味で、人事のグローバル化は、このような日本人の強みを生かして、同時に5つのスキルを使いこなして、コミュニケーションすることで議論の付加価値は倍加させることができる、それは、いわば「人事のデカップリング論」だ。組織の中の日本人・外国人どちらか一方にベクトルを合わせる「リカップリング」ではなく、「デカップリング」つまり独自にそれぞれ違った強みを生かした形で組織を成長・活性化させることを意味する。
よく「ダイバーシティ・マネジメント」という言葉が使われるようになってきたけれど、実はそれは男女・外国人の混合比率を上げたり待遇を合わせるということを意味するのではなく、「異質な個性を持つ集団の生産性が同質な集団よりも『トルク』が高い」「だから、多様性と異質性にこそ進歩と変革〈=イノベーション〉の芽があるのだよ」「そのため平時においても会社は、多様性や異質性を意識的に(戦略的に)創出して、進歩と変革の機会を提供するのだ」というロジックを主張しようとしているメッセージにすぎない。これが人材育成の方向性であり、研修のゴールでもある。(18)
経済ではデカップリング論は終焉したが、人事の世界では、多様性・異質性を作り出し、異文化コミュニケーションをさせて、ことさら〈軽い〉組織を作ることで、全体が一丸となってすばやく戦略を生み出し実行していく、そのような人事デカップリング論の「実践」こそ、今後の日本グローバル企業の成長の駆動力となることだろう。
1 新潟産業大学経済学部紀要第29号山本利久氏「マーチャント・バンク」 2 東京12月12日18:44ロイター
|
お気軽にお問合せください
自分の中で異文化だと感じたことに対し、仮説をたて検証してゆく作業がストレスを溜めない方法でもあり、異文化を前向きに受け入れられる最善の方法であるということが印象に残った。今までの自分の受け入れ方は、後ろ向きだったため、ぜひ実践したい。
コミュニケーションに不安を感じていたが、海外でのコミュニケーション手法を学ぶことができ、少し自信がついた。4つのコミュニケーションスタイルを使い分け、早めに人間関係を構築したい。
決算書類のいろいろな個所で粉飾が隠され数字の判断の仕方次第で良くも悪くも解釈できることがわかりました。企業情報を普段からいかに多く入手するかがポイントで損害を被らないために有効かがよくわかりました。
ユニバーサル・
ブレインズ株式会社
03-6214-2238
080-6586-9106
メールでのお問合せは24時間受け付けております。お気軽にご連絡ください。
お問合せフォームはこちら
〒103-0021 東京都中央区
日本橋本石町2-1-1
アスパ日本橋ビル312号
会社案内はこちら
このサイトは、人事プロフェッショナルの方々のための広場・フォーラムです。
人事は、今や経営戦略策定の重要な一部となっています。そのような自覚をもつ人事プロフェッショナルのみなさんが必要とする実用的でグローバルな基本的情報を提供します。
戦略的に人事をとらえるときのヒントやピカッと光るビジネス情報が満載です。